ことばの由来 33

うれしい

心を表す古い語根「うら」から出た語とされる。恨みを意味する「うらむ」や、古語「うれたし」も同じ語根を持つと考えられている。 諸説あり

たのしい

喜ぶとき手を伸ばして舞ったことから、「手伸し(たのし)」が語源という説がある。岩戸神話の場面に結びつけて語られることが多い。 諸説あり

ときめき

胸がどきどきする意味の「ときめく」は、良い時にめぐり会い栄える意味の「時めく」とは別の語とされる。鼓動を表す「動悸」に「めく」が付いた語という説があるが、詳しい由来は分かっていない。 諸説あり

晴れやか

「晴れ」は、日常と区切られた特別な日を指す「ハレ」の概念に由来する。長雨のあとに晴れ間がさす、節目の実感から生まれた言葉とされる。 諸説あり

有頂天

仏教で、生き物が生まれ変わる世界のうち最も高い場所を指す語だった。そこから、喜びで我を忘れて舞い上がる様子を表す言葉に転じたとされる。

愉悦

「悦」の字は、祝詞を唱える人が神気に触れて恍惚となる様子を表す形声文字とされる。深い喜びに満たされた心の状態を、この字に託した言葉といえる。 諸説あり

にやける

元は「若気る」で、鎌倉・室町の頃、男色を売る若い男を指した語だった。時代とともに意味が移り、今は男が色っぽくなよなよする様子をいう。

いらいら

「いら」は、草木のとげを指す古い言葉とされる。とげが刺さるような不快な刺激を心の状態に重ね、「いら」を繰り返して強めた語とされる。

むかつく

平安時代にはすでに、胸がむかむかして吐き気がする意味で使われていた。江戸時代になって、腹が立つという怒りの意味が加わったとされる。

憤懣

古代中国、司馬遷が友への手紙の中で、発散できない怒りや苦しさを表すのに使った語とされる。晴らせない思いが胸に満ちる様を「懣」の字に込めている。

業を煮やす

「業」は仏教語で、心の働きやふるまいを意味する。その業を煮詰めるように、怒りやいらだちが極まる様子をたとえた言葉とされる。

癇に障る

「癇」は、怒りっぽく神経が高ぶりやすい性質を指す言葉である。その気質に触れて機嫌が損なわれる様子を、「障る」で言い表す。

うるさい

心を表す「うら」が変化した「うる」に、狭く息苦しいという意味の「さし」が合わさった語とされる。当て字の「五月蝿い」は、初夏に群れ騒ぐハエになぞらえたもの。 諸説あり

さみしい

古語「さぶ」(勢いが衰える、古びる)を形容詞にした「さぶし」が元とされる。「さびしい」が先にあり、「さみしい」はその音が変わった形である。

せつない

「切」の字は、心に強く迫る親身な思いを表す。「切に願う」と同じ切実さが、胸が締めつけられる感覚と結びついた言葉とされる。

かなしい

古くは、悲しみに限らず、強く心が揺さぶられる状態を広く表した語だった。切ないほど愛おしいという意味も併せ持ち、後に悲しみの意味に定まったとされる。 諸説あり

むなしい

「身(み)」と「無(な)」からなる語で、もとは中身が無い状態を指した。心が満たされない感覚を、この古い言い回しに重ねて使うようになったとされる。

やるせない

「やる(遣る)」は思いを晴らす、「せ(瀬)」は事を行う場や機会を意味する。それが「無い」とつながり、思いの晴らしようがない心を表す語になった。

うら悲しい

「うら」は心の意の古語で、裏や浦とも同じ語から生まれたとされる。表には出さない胸の内の悲しみを指し、万葉集にも「うらがなしき」の形で見える。 諸説あり

わびしい

動詞「侘ぶ」の形容詞形で、本来は不運にあって気落ちする意だった。中世の草庵での暮らしの中で、物のない静けさを味わう心へと読みかえられていった。

未練

「未だ練れず」、つまりまだ物事に習熟していない意から生まれた語とされる。修行や稽古が足りない状態を指した言葉が、思いを断ち切れない心も表すようになった。 諸説あり

諦め

仏教語「諦(たい)」に由来し、本来は物事をありのままに見きわめる「諦観」を指したとされる。その意味が後に、望みを手放すことへと転じた。 諸説あり

孤独

中国の古典に見える「鰥寡孤独」という言葉に由来する。「孤」はみなしご、「独」は子のない年寄りを指し、身寄りのない者をまとめて言い表した。

くつろぐ

語源には諸説があり、その一つに「朽つ」、つまり崩れゆるむ意に由来するという説がある。緊張して固くなった心を、朽ちるように解きほぐすことを表すという。 諸説あり

なごむ

海が静まる「凪(なぎ)」と同じ「な(和)ぐ」という古い動詞から生まれたとされる語。心の波立ちがおさまる様子を、海の凪に重ねて言い表した。 諸説あり

のどか

古語「のど」に、状態を表す接尾語「か」が付いてできた語とされる。「長閑」という漢字は本来の読みではなく、後から意味に合わせて当てたもの。

手持ち無沙汰

「沙汰」は元々、水の中で砂を揺すり、砂金を選り分ける作業を指した言葉。そこから物事を選別し判断する意になり、知らせも用事もない状態を「無沙汰」と呼んだ。

凪いでいる

「凪」は風がやみ、波の立たない海の状態を表す字で、動詞「凪ぐ」から生まれた。心が静まる様子も、この海の凪になぞらえて言う。

無心

禅の言葉で、妄念やとらわれを離れた澄んだ心の状態を指す。平安時代の和歌の世界では、趣向を凝らした「有心」と対になる語としても使われた。

放心

中国語の「放心」は「心を元の場所に置く」、つまり安心するという意味。同じ字を使いながら、日本語ではぼんやりして心がここにない状態を指すようになった。

たそがれる

「誰そ彼(たそかれ)」、つまり「あれは誰だろう」という問いかけが元とされる。顔の見分けがつかないほど薄暗い夕方を、そう呼んだ。

気が気でない

江戸時代の浮世草子『好色訓蒙図彙』(1686年)に早い用例が見える言い回し。落ち着いた心を表す「気」を重ねて、心配で心が乱れる様子を言い表した。

こわい

「強い」と同じ語源を持つ語とされる。古い形は「こわし」で、元は「かたい」という意味だった。それが後に、恐ろしいという心の状態も表すようになった。